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宮崎 大学 座波流武術空手部
              本当の実力がつくのは一人稽古です。毎日少しずつ神経を使ってやることです。【座波語録】

エッセイESSAY

2021年 年賀エッセイ

 昨年の十月中旬に体内の白血球数が突然増加した祖父が、検査入院をした。三年前に胆管癌と診断され、転移を防ぐため肝臓を摘出していた。その後は趣味の剣道の稽古に復帰するべく自宅で素振りができるほど回復していたので、急な容態の変化に驚いた。入院後は若いうちに勉強に励む大切さを説くことが多くなった。社会人になると仕事に追われるが、学生はその時間を自由に使える。良くも悪くも何かに影響を受けやすい今が好機だと言う。以前は話半分に聞き流していたが、今回の入院がその態度を改めるきっかけとなった。祖父が明日も生きている保証はない。死んでしまったら話もできない。教えられた通りもっと努力していればよかったと、後悔したくない。コロナ禍で面会が難しくなった今だからこそ、そう強く思えるようになった。他人と競うのではなく、英検一級に合格するという目標を設定した。大学を卒業するまでに良い報告がしたい。(永松遼太朗/3年)
 粘土は自分自身を表しだす。今、ろくろ挽きで陶芸作品をつくる練習をしている。そのシンプルで繊細な作業ではよく自分の性格が垣間見えることがあった。慎重すぎて粘土が歪んでしまうのを恐れ、繊細に触るだけで、いつまでたっても成長しなかった。このままではいけない、変わりたいと思った。いっそのこと余計なことを考えず、目を瞑って手を動かしてみた。自分の手だけを信じてみるのは勇気が要ったが余計な迷いは無くなった。手の感触だけを頼りに粘土の回転の軸を見つけることができた。軸がわずかでもずれたり、手の力加減を誤ったりするとすぐに形に現れる。軸をとらえれば均整のとれた安定感をもつ。たとえどんなに歪んでしまったとしても丸めれば元に戻る。何度でも挑戦することができる。その特性は失敗を恐れていた私を勇気づけてくれるものであった。粘土のようにぶれない軸と自身を変えていく勇気をもっていきたい。(大藤ことみ/3年)
 大学二年の春休みに一ヶ月間、自然食品を扱う会社のインターンシップに参加した。この経験を通して自分の強み、弱みを知ることができた。強みは、責任を持って仕事をすることと分からないことを積極的に吸収することである。もう一人の学生と協力し、いつまでに何をやるか計画を立てて実行したことで期限内に業務をやり遂げることができた。また、最初は商品についてはほとんど分からなかったため、社員の方にその都度質問をして商品を把握するように努めた。一方で、弱みはプレゼンテーション力と主体性の不足である。意見を発言する際に、どういう工夫をしたのかなどの説明をする力が足りていなかった。また、与えられた業務をこなすだけで、意欲的に動くことも足りていなかった。弱みとして分かったことを改善するために、ゼミで定期的に行っている発表会で相手に分かりやすく伝えることや、実験などを自ら進んで行うように心がけている。(竹山萌/3年)
 バチンッと鈍い音がした。人が叩かれたのだとすぐに分かった。二人の小さな子供を連れた若い夫婦はくだらないことで喧嘩をし、ついに妻が夫に手をあげた。バス車内で起きた出来事にとても驚いた。妻の方は暴力だけでなく、言葉でも夫を責めた。とても汚い言葉で、子供達に聞かせるには早すぎる。子は親の鏡というが、この子たちも将来暴言を吐くようになりはしないか。今思えば、自分の親が人を罵倒するようなのを聞いたことがない。むしろ、人を罵るようなことをすれば叱られた記憶がある。人に使う言葉ではない、と。理想の夫婦とはお互いを尊敬し、言葉で相手に伝えることができるものだと思う。たとえそれが、非常に腹の立っていることだとしてもだ。理性を失くし、感情で相手にぶつければ、相手も感情的になり、収拾がつかなくなる。それでは何も解決することができない。夫婦だけでなく、友人関係も理性で意思疎通できるのが理想だ。(中山隼人/3年)

 「君たちはどう生きるか」という本を読んだ。石段を苦労して登っていくおばあさんと一緒になり、荷物を持ってあげようと声をかけたいのに機を逸して、声をかけそびれたまま階段を登り切ってしまったという話があった。似た経験を思い出した。バスの中で足の悪い人が立っていて、「いつ席をゆずろう」と悩み続け、「次のバス停でゆずろう」と決断した時に、その人が降りてしまった。すぐに席をゆずればよかったと後悔した。「やらぬ後悔より、やる後悔」を意識した生き方をしようと考えた。大切なことは「苦しくてもその経験を忘れず次こそは行動すると自分に対して約束すること」だと、本に教えられた。
 お年寄りや不自由な人にはすぐ席をゆずったり、大学のゴミ箱の周りに落ちていたゴミを拾って入れたりなど、周りの人の目を気にせず、自分がした方が良いと思ったことは、すぐに行動に移すように心掛けている。 (梶山綾菜/3年)

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、全てインターネット上にある動画にて受講することとなった。休憩時間に教室を移動する必要はなく、課題に取り組み講義の復習時間が増えた。また、繰り返し視聴が可能なため聴き逃す心配はなく、体調不良でも回復した後に受講できた。そのため、理解が追いつけなかったり、体調が悪くなり易かったりする人達にとっては画期的な移行であった。しかしながら、大きな欠点が見えた。試験勉強で理解できない問題が多くあったからだ。恐らく、対面による緊張感がほとんどなかったことが集中力の低下を招き、理解できたと勘違いしてしまったのではないかと感じた。人に会う機会も激減したことで、勉強を教えて復習したり、先生に理解の確認をしたりをほとんどしなくなった。学ぶ状況が変化しても、臨機応変に対応できるスキルが必要だと感じた。今の困難な状況でも学問の理解を深める解決策を模索していきたい。(荒武優花/3年)
 大学三年の四月、バイクで直進中に右折してきた車にはねられ重傷を負い、三か月ほど入院をしていた。大学のバイクサークルで知り合った友人が何度か見舞いに来てくれていた。その彼が、大好きだったバイクで直進中に側道から出てきた車と接触して飛ばされ、対向車線の車に轢かれて命を落としてしまった。同じ年の十一月のことだった。当時、友人を亡くすという感覚を初めて知ったので、しばらくは何に思いをぶつければ良いかわからなかった。なぜ人はそう簡単に亡くなってしまうのか。どうすればこのような出来事を無くすことができるのか。最終的に辿り着いた考えが、警察官になり、一つでも交通事故を減らすために取り締まりをして交通安全を掲げたいということだった。夢を叶え、家族や友人に迷惑をかけたり悲しませたりした分、一人でもそのような人を自分の手で減らしていけたら良いなと思う。残りの大学生活で警察官になるための志をもっと高めていきたい。(東澤勇太/3年)
 「受け身を身につければ達人。負けることの尊さが分かるから」これは、相田みつをの言葉だ。空手で受け身をとって負ける時は、自身を守る柔らかさを身につけ、相手の技を学ぶことができる時だ。何度も投げられ、技をかけてもらうことで自分の技を上達させるきっかけをもらえる。この負けはとても尊いものだ。昨年、尊くない負けを経験した。都会出身の友人に、多様な交通機関の乗り換えやルールなどそんなことも知らないのか、そんなのほほんとした性格では都会ではやっていけないとよと笑われ、見下した態度をとられた。その場の雰囲気を悪くしないようにと笑って過ごしたが、それは受け身ではなく、ただ倒れ込んだも同然だった。社会に出ても価値観の合わない人に傷つけられることがあるだろう。これからは、空手の練習のように転んでもまたすぐ立ち上がり、困難を試練と捉え、空手でも日常でも受け身の達人になり、そこから学びを得る尊い負けにしていきたい。(北原優華/2年)
 昨年の夏休みに広島の宮島に行った。写真で見るあの有名な景色を思い描いていたが、船から見た景色は予想とは全く違ったものだった。厳島神社は建立から百四十年以上が経過し、損傷や老朽化が進んでいるために大規模な保全修理工事を行っていたのだ。思っていたものとあまりにも違うせいで、がっかりしてしまった。メインディッシュがおじゃんになってしまったのだから当然である。船の席でうなだれていた時、ある観光客の一言が耳に入った。「今しか見れないもんやし、逆に面白いじゃん。」その時、先程までの自分の考えを恥じた。その言葉を聞いて、今の宮島は面白いものだと思うことができたからである。この旅行で別の角度から見る重要性を学ぶことができた。現在、コロナとういう状況で、家にいる時間が増えている。普通に考えると悪いと思う状況だが、見方を変えれば新しい挑戦をする時間も増えた。良いことがあったといえる日も遠くない。(黒岩湧斗/2年)
 昨年は家で過ごす時間が増え、外出する時はマスクが必須になった。大学の授業は始まらず、バイトもない。そんな時はどこかへ行こうと、今までだったら思うのだが、それが阻まれる状況であったのだ。友達と会って話したり、外出したりすることができず、もどかしく思うだけの日々が続いた。このままでは本当に時間が無駄になってしまうと思ったので、自分の生活を見直すことにした。まずは食事。簡単な料理を繰り返し作っていたのを、多様な種類の野菜を使い、栄養が偏らないようにした。これにより健康志向が高まった。次に掃除。適当に済ませていたが、この機会にしっかり綺麗にした。物の配置も変え、気持ちを一新することができた。
 外に出られず窮屈な時期だというマイナスな考えも、捉え方を変えれば自分を見つめ直す良い機会にすることができると気づけた。今年も何が起こるかわからない。どんな場面でも利になるようにしたい。 (大窪月野/2年)

 オンラインゲーム上でできた友達を「ネット上の友達」、通称「ネ友」という。顔合わせや実名の開示は本人たちの自由で、一般的に匿名である。何でも言いたい放題で、教育や生活に悪影響を及ぼしかねないことから、悪い印象のみを持っていた。実際に文章での会話が可能なゲームをするようになってからは考えが変わった。他の人達の会話を見ていると、非常に楽しそうなのだ。打ち解けると、いつの間にか学校の友人と同等の親しみを感じるようになり一緒に遊んだり話したりすることが、非常に居心地が良いと思うようになっていた。驚いたことに今までの友人より仲良くなるのが早かった。お互い相手のことを深入りせず気を使わなくてよい距離感や顔が見えないために話しやすい環境が逆に良いのだと感じた。ネ友は十分に友人となりえる存在だと感じた。先入観や偏見による不利益を学ぶきっかけとなった。(田谷野凌/4年)
 寝返りには、体温調節や睡眠のリズムを切り替える効果があると考えられているが、コロナ患者には別の効果が期待されている。横向き、またはうつぶせに近い状態をつくることで、肺を他の臓器の重力から解放し、肺全体に空気を行き届かせるとともに、痰の排出を促し気道のクリアランスを図ることができる。そして、人工呼吸器につながれた重症コロナ患者においては、寝返りのすべては看護師に託される。普段意識しない寝返りが重要となる患者に寄り添いながら、目まぐるしく変わる状況に牛のようにドンと構え、対処していきたい。(西明音/令和2年卒)
 現在、担当の牛舎を持ち、約百頭の牛を飼育しています。季節の変わり目は体調を崩す牛が増えます。そこで、担当者の「観察力」が試されます。普段よりエサの食いが遅い、食べているのに太っていかない等、一頭一頭を毎回見て、覚えておくことが必要とされます。この記憶力や観察力は、自分が親になった時にも役立つのではないかと考えています。小さな変化に早く気づき対処する力を身につけ、仕事で発揮し、将来にも生かしたいと思います。(津田麻帆/令和元年卒)
 人体を蓋い包んでいる透明の何か。満ち溢れると境界で激しく渦を巻き光のように感じられる。人の周りにあって確と見えないところは流行りのコロナウイルスと同じである。奇異の誹りを恐れず話したい。
 十一月の週末、田中塾の空手の研修会に参加した。翌週、組手で対面した若者の反応が興味深かった。小学生は「ステージアップだ」「岩みたい」とはしゃぎ、大学生は「恐い」「圧がすごい」などと興奮した。自覚はなかったが活性化した私の何かを感じ取ったのではないかと考えた。驚きと喜びに輝く顔を見て、自分が光っていることに気付かされた。残念ながら、この状態は十日と保たなかった。
 言葉を交わさなくてもその場にいるだけで交感される何かがある。審査会や合宿がなかったことで、学生は先生や先輩方からそれを得る機会を失ってしまった。学生という鏡がなければ、社会人も己の光を知覚できないのではないか。この損失は計り知れない。 (高橋ひろみ/監督)
    

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